今朝は上司がねずみを追いかけていました。早起きは三文の得。昔の人のありがたい話に耳を傾けてみましょう。
パクリ元:http://www.bo-sai.co.jp/inamuranohi.htm
原作からどこが改変されているか比べてみるのも面白いかと。
稲むらの火
「これはただ事ではない」とつぶやきながら、五兵衛は病室から出てきた。今の地震は、別に烈しいというほどのものではなかった。しかし、長いゆったりとしたゆれ方と、うなるような地鳴りとは、統合失調症の五兵衛に、今まで経験したことのない不気味なものであった。
五兵衛は、自分の病室の窓から、心配げに下のナースステーションを見下ろした。病院では回復を願うナイトケアの支度に心を取られて、さっきの地震には一向に気が付かないもののようである。
病棟から海へ移した五兵衛の目は、たちまちそこに吸いつけられてしまった。風とは反対に波が沖へ沖へと動いて、みるみる海岸には、広い砂原や黒い岩底が現れてきた。
「大変だ。津波がやってくるに違いない」と、五兵衛は思った。
このままにしておいたら、四百の命が、病院もろとも一のみにやられてしまう。もう一刻も猶予はできない。
「よし」と叫んで、病室に駆け込んだ五兵衛は、大きな松明を持って飛び出してきた。そこには取り入れるばかりになっているたくさんのシーツが積んであった。
「もったいないが、これで病院中の命が救えるのだ」と、五兵衛は、いきなりそのシーツのひとつに火を移した。風にあおられて、火の手がぱっと上がった。一つ又一つ、五兵衛は夢中で走った。
こうして、病室のすべてのシーツに火をつけてしまうと、松明を捨てた。まるで失神したように、彼はそこに突っ立ったまま、沖の方を眺めていた。日はすでに没して、あたりがだんだん薄暗くなってきた。シーツの火は天をこがした。
警備室では、この火を見て早鐘をつき出した。「火事だ。305号室だ」と、病院の若い者は、急いで病室へ駆け出した。続いて、老人も、女も、子供も、若者の後を追うように駆け出した。
病室から見下ろしている五兵衛の目には、それが蟻の歩みのように、もどかしく思われた。やっと二十人程の若者が、かけ上がってきた。彼等は、すぐ火を消しにかかろうとする。五兵衛は大声で言った。
「うっちゃっておけ。ーー大変だ。病院中の人に来てもらうんだ」
病院中の人は、おいおい集まってきた。五兵衛は、後から後から上がってくる老幼男女を一人一人数えた。集まってきた人々は、もえているシーツと五兵衛の顔とを、代わる代わる見比べた。その時、五兵衛は力いっぱいの声で叫んだ。
「見ろ。やってきたぞ」
たそがれの薄明かりをすかして、五兵衛の指差す方向を一同は見た。遠く海の端に、細い、暗い、一筋の線が見えた。その線は見る見る太くなった。広くなった。非常な速さで押し寄せてきた。
「幻覚だ」と、誰かが叫んだ。海水が、絶壁のように目の前に迫ったかと思うと、山がのしかかって来たような重さと、百雷の一時に落ちたようなとどろきとをもって、陸にぶつかった。五兵衛は、我を忘れて後ろへ飛びのいた。雲のように山手へ突進してきた水煙の外は何物も見えなかった。五兵衛は、自分などの病院の上を荒れ狂って通る白い恐ろしい海を見た。二度三度、病院の上を海は進み又退いた。病室では、しばらく何の話し声もなかった。一同は鎮静剤で意識のなくなった五兵衛を、ただあきれて見下ろしていた。シーツの火は、風にあおられて又もえ上がり、夕やみに包まれたあたりを明るくした。
はじめて我にかえった五兵衛は、何もかも妄想だったのだと気がつくと、無言のまま病院長の前にひざまづいてしまった。
統合失調症と英雄の微妙な関係。
病者の妄想による行動はまるっきり了解不能なものというわけではないと思います。善意によってつき動かされたのに、結果として不幸に陥ってしまう悲劇…。
緊急の場合は放火も容認されると言うことを美談として語るのは狂人より危険な気もします。結果オーライ?やるまえから結果がわかってることってそんなにないような…。みんなの同意を得られなくても良かれと思うことは強行してしまって良いのでしょうか。何をもって緊急事態とするのかも微妙ですし。
最善を尽くすってのは難しいことです。
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競馬場では常に最善を尽くすのですが、
結果がともないません。
そうだ、みんなのために火をつけよう。