「B」だった・・・・。
ここの大学の試験で「A」取れなかったの初めてだ。
試験で調子に乗って書きたいこと書きすぎた。
講評をもらえないのがつらいところだけど、何事も完璧ってわけにはいかないさ。むしろ「B」程度ですんで救かったと思わなきゃ。コンディション悪い中で長時間の授業に耐えたあと、最後の最後に試験をやったんだから・・・。
連合弛緩がおこっちゃった・・・。んだと、おもう。やっぱり私の病気は気をつけないといけない。関連性の薄いことがポンポンつながってわけのわからない論理もどきが展開される・・・。
きっと読み返したらぞっとすること書いたんだろうな。何書いたか思い出そうとしても記憶がほぼ飛んでるし。うーん、授業の感想書くところで時間に追われてあせってて・・・。
残ってる記憶をたどると・・・たしか・・・うわぁぁぁぁ!なんてこと書いちまったんだ!!
うあああ。
書かなくてもいいことを・・・。
しばらく反省の日々です・・・。私は人格的に問題があるようです。
でもね・・・えーと・・・
福祉を考える時に優劣をつけるってのは、試験という場合を限定してるとはいえ「あり」なのかなあとか少し疑問に思ったり。学生は福祉の対象じゃないけど(いや、学力的に弱者であるということができるかもしれないけど・・・、弱者じゃなくても万人が福祉の対象でありうるともいえるのだけれど・・・)、ひとをものさしで計るのは福祉の勉強でもありなのかなあ。大学は福祉の現場ではないということかな。(こういう屁理屈がB獲得の原因であろう)
いや、今回試験の解答に書いた内容が福祉の実践としてはあまりにもおそまつだったり、しかも授業の内容から外れていたりしたわけだけど。仕事辞めたいとか、低賃金で苦しいとか、ひどいもんさ。
そして、福祉の精神を伝えようとしている授業の筋から完全に外れてあさっての方向に行く自分と、それを止められない自分が情けない。正解がないというゆるやかな小論文なところでもって「不正解」を答えてしまう迂闊さがくやしい。精神が破綻してることをもう一度自分自身が思い知らないといけない。
自分を破壊したい衝動に駆られてます。俺はプライドが高いんだぞう。
製造業に携わったことがあるとB品というのに異常に敏感になるのです。
B品の扱いが、いかにもったいないことになってるかはまたいつか書こう。