カテゴリー: 読書

読書記録

書籍漁り

実家には長年買い集めた書籍が山になっています。

読み返したいものを引っ張り出さなくちゃ。

ファインマンのエッセイや、土屋賢二のお笑い哲学書や、こころの日曜日シリーズとか。

箱詰めして宅配便で大阪に送ろう。

・・・でも、いつでも読めると思うと読めないのだな。

収納スペースの問題もあるし。取捨選択に悩みます。

読書冊数のインフレ

読みたい本がたくさんあります。

本屋で見つけ、ネットで見つけ、図書館で見つけ・・・。

現在手元にある、「同時進行中」で読んでいる本の数は7冊。
「積ん読」を含んでいません。

そんななか図書館から探していた本が予約できたという知らせが。
これは借りて2週間で読み終わらないといけないので優先的に読まないと。
今日は図書館が休みだったので明日以降に受け取って、
ガンガン読む予定。

頭の中はカオス状態。
宗教の本とソーシャルワーカー関連の本と精神保健関係の本と簿記の本と社会福祉の本と・・・。

ある程度の方向性はあるけれど、ちょっときつめです。
でも、全部自分に必要と思われる知識が書いてあると思ってるので、頑張ってます。

本当はあと法律系とか社会保険関係とかで読みたい本があるけれど、
きりがないのでセーブしてます。

一冊ごと、読み終わると達成感があっていいんだけれど、
自分が本当に必要なことをよく分かっていないことの裏返しともいえるので、
今後、絞り込みが必要かと思ってます。

疲れるわけだよなあ・・・。

「こころの扉を開く」

今日は積んでおいた本を読んでました。

こころの扉を開く―統合失調症の正しい知識と偏見克服プログラム
監訳 日本精神神経学会
こころの扉を開く

統合失調症について、症状・治療法の説明から、地域での偏見・差別をなくすためのプログラム作成の手引きまでを含んだ大変わかりやすく、実践的な本でした。今まで読んだ本の中でも指折りのまとまりの良さがあり、統合失調症を知るためには最適な本だと思います。読者を選ばない逸品だと思います。一般の人や学生から専門家まで誰が読んでも得るものが大きい本だと思います。

そんな本だけに考えさせられる一文が。精神障害に対するスティグマ(偏見)についての説明の中で出てきたものです。123ページから引用します。

 精神障害者のスティグマはどのように統合失調症の症状や経過に影響を与えるのでしょうか。Warnerは、精神障害の診断を受け入れた患者は、そのために内面的な負担を感じて自分自身に無能力や無価値の枠をはめてしまい、いっそう社会的に引きこもり、障害者としての役割を引き受けてしまうことを示しています。その結果、彼らの症状は持続することになり、治療や他人の援助に依存的になります。つまり、自分の障害を洞察することは、かえって不良な転帰に結びつく可能性があるのです(Warner 1974)。
 Warnerの考察は、精神科入院患者の自己-レッテル貼りに関するDohertyの研究によって確認されています。すなわち、精神障害者であることを受容している入院患者は、対象患者の中で改善率が最も低かったのです。一方、自分が精神障害者であることを否定している患者の改善率は比較的よいものでした(Doherty 1975)。Warnerらによる研究もこの結果を支持しています。自分が精神障害者であることを認めている患者は、自尊心が低く、自分の生活をコントロールできないと感じていました。精神障害に対するスティグマを最も強く感じていた者は、自尊心が最も低く、コントロール感覚が最も弱かったのです。この研究からわかるのは、患者が障害をもっていると受容することによる利益を得ることができるのは、自分の生活をコントロールできると感じているときに限るということです。しかし実際にはこのような患者はきわめて稀です。というのは、障害のレッテルを受容することの結果として、コントロールする能力が失われるからです(Warner et al. 1989)。したがって、スティグマは統合失調症の人にとって悪循環を形成します。つまり、障害を受け入れることは、障害に対処するコントロール能力を失うことを意味するのです。

障害の受容は無条件に受容すればいいというものではなく、障害をもっていてもやっていけるという自信と共に受け入れなければいけないということでしょうか。

この「コントロール」については、「当事者研究」や「WRAP」が大きな武器になると思いました。

・・・朝、決まった時間に起きられない自己コントロールができない私なんかはダメダメですね・・・。
みなさんはどうですか?自己コントロールできてますか?

「信じない人のための<法華経>講座」

「信じない人のための<法華経>講座」読了。

哲学から興味が流れてきて宗教です。本屋でパラパラやってて面白そうだったので購入。

この本の話ではないけれど、
R・A・ハインラインが宗教は哲学的である仏教が
未来には生き残るというようなことを言ってたとか。
キリスト教は歴史的な発見によってひっくり返されるとか・・・
彼のフィクションの未来史の話ですけれど。

具体的にお経のどの部分がどうという解釈の本ではなくて、
おおざっぱにどんなものなのかを面白くわかりやすく書いてあります。
法華経のスケールの大きさや、成立過程から推測される諸事情の記述が面白かったです。

このお経によると、誰もみんな片っぱしから菩薩になれるんですね。
なんかものすごい時間の長さを経て、生まれ変わりを繰り返し、成仏する。
救済されるものが救済するものに変化する。すごく気前が良い・・・。

法華経そのものをとりまく歴史的流れも興味深いです。
インドから中国を経て伝来し、最澄が日本に持ってきて、日蓮が実践した・・・。

西洋の宗教とも接点があるらしいです。
ペルシャ・ギリシャ・ローマの実践的な傾向が感じられるとか。

日本の弥生時代ころには作られていたらしいというのはすごいな。
キリスト教の生まれ始めた時代・・・。
ソクラテスや孔子はもっと昔さらにこの700年前・・・。
お釈迦様もそのくらいの頃の人らしい。

何百年という時代をまたいで伝えられ、現代にも影響力がある。
古代文明ってすごいなあと改めて思いました。

しかし、この本、読みやすい本でした。語り口が達者です。著者は苦労しただろうな・・・。
面白かったです。他にも何冊か関連する本があるみたいなので、
そのうち探して読んでみたいと思います。

「心の傷」は言ったもん勝ち

『「心の傷」は言ったもん勝ち』中嶋聡 著

 

複雑な気持ちで読了。
トラウマや心の病を持っているという自己の主張を利用して周りを振り回すな・・・といった内容。
被害者が自分の思ったことを盾に、一方的に被疑者を追い込むことへの警鐘も。
同時に、あいまいな心の持ちようの勧め+精神力を鍛えよう、とも言っています。

わからなくもないけれど、精神病んでみると、この注文はきついです。
被害妄想は次から次へ出てくるし、曖昧なことへの対処は苦手だし、
精神力なんてことを言われたら即座に潰れるし。(自分の首を絞めるかのように)

グレーゾーンの有用性を説いているのですが、分かるような気もするけど、
KYな私にはその見極めができません。どうすればいいんだろう。

なんでも「ハラスメント」としてしまうことへ疑問を唱えていますが、
これに対しては、

こいつを読んでみてどう思うか?と問うてみたい。
こっちは言わなくても分かることをアナウンスなどで垂れ流すな・・・ということを書いています。
そして、そういう「騒音」を不快に思う人々の声を理解せよ、理解できずとも対話せよと。

問題点は同じところにあるような気がします。

自分の思ったことを主張するのは大事だけれど、
主張すべきこととその方法が問題になるのか?

住みにくい世間なのだなあと思いました。

また、自分を振り返って「疾病利得」について考えるとつらくなってきます。
自分で自分の病気を作り出しているのか?

仕事はできなくても読書はできるこの状態。
反省したい・・・って、いま本気で調子が悪いんだけれど・・・。
説得力無いよなあ。

今日はまだ1食も食べてません・・・。甘えですね。