哲学者のヤスパースがなんか書いてたみたいだな。
物事の決定は神を持ち出さないと説明できないようなことを。
哲学的な神であって具体的ななんとか教の神ではない。
究極的には物事は人間のあずかり知らぬ所で決定されていく。
たとえばだ。
試しに、自分が今考えていることの次に何を考えるか考えることができるか?
自分の次の瞬間を決定できていると自信を持って言えるのか?
自分は次の瞬間には「次に何を考えるか考えている」
ではまだツッコミが足りない。
「次に何を考えるか考えているということを考えようとしようと考えている」
でもまだ足りない。
無限ループに陥るんだけどね。
そこをエイヤッと決定できるのが心の不思議。
自らの手の届かないところにあるものが常にあることについて自覚的であるべきだと思う。
何とは言わんが、釣られている。
まったく話題を作るためには狡猾なものだ。
悪趣味だと少し思った。
あと、契約社会の矛盾について書こうかと思ったけど、
「入学前に校則全部読んで確かめてから入学する人ってあまりいないよね」
と常識から少し外れてみてお茶濁しておこう。
「卒業するまでに何が学べるのかわかって入学したなら入学する必要ないよねってね」
人間存在は過去から未来へ投企し続ける存在なんかー?ん?
よし。今日の電波を発信したぞ。
土曜日もお仕事だ。
自己決定した気はしないけれど自己決定なのだ。
お客さんに金曜日に次週のスケジュール突っ込んでくる癖がついた。
週明け納品ダダダ!